記事の訂正

ひと月ほど前に投稿した以下の記事の一部を訂正しました。その中で向井周太郎氏の「人間」「町」というコンクリート・ポエトリー作品を掲載していて、それを新國誠一氏の作品だと間違って紹介してしまっていました。「人間」「町」(現在は削除)も向井周太郎氏の作品です。本当に申し訳ありませんでした。

タイポグラフィに興味をもったきっかけ 01

タイポグラフィに興味をもったきっかけ 02

まるたま市

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浜松駅近くの肴町というエリアで行われていた、まるたま市というマーケットに行った。エリア内の駐車場や空きスペース、商店など複数の場所で、いくつものハンドメイド雑貨や食品などのブースが設置され、賑わいを見せていた。三米商店という、乾物・海産物屋さんの古いビルを改装して作られた三米アトリエというスペースが非常によい雰囲気で、古ビルのラフな素材感が居心地よいスペースになっていた。オーナーである海産物屋のかたから、このスペースの成り立ちや、ここで行われている、だしワークショップやあんこワークショップ、ライブイベントなど、もろもろの情報を聞かせていただいた。本人がすごい楽しそうにこの場所を使っていると言っていて、確かにそんな感じが思い切り出ていて、楽しそうな場所だった。。

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Drawing robot

再びFablab浜松へと行った。自分は数年前にArduinoとステッピングモータを使って、いわゆる吊り下げ式のDrawing robotを作ったことがあった。重りの先に取り付けたボールペンをモーターで制御し、ランダムで四角を描き続けていくというもの…。当時、絵を描きたいという思いはあったものの、実際に描く時間が取れていなかったので、ならばいっそのこと、自分(人間)は思考する部分、つまりアルゴリズムを作る部分を担当し、実際の労働というか描いてもらう部分をロボットに担当させることで、自分が寝ている間に絵を描いてもらうことを目指した。思考と労働の分離という、産業ではあたりまえの分担を、絵画制作に持ち込もうとした…。

その時は開発途中で中断させてしまったのだが、ずっとその続きを作りたいとは思っていたので、再び開発を再開すべく、3Dプリンタ等の機材のそろっているfablabにまたお邪魔させてもらった。

(↓以前、作った自動ドローイングマシン)

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Fablabで台湾土産のBath teaなる面白いお茶を入れてもらった。台湾の歴代の総統たちの上半身がティーパックに付いており、お茶に入浴しているような見た目になる。このアイデア自体も面白いが、イラストの人選に、アイドル等のかわいいものでなく、なぜか台湾総統を採用するというあたりが非常に狂っていて面白いと思う。。

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釣り

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父親、弟に誘われて釣りに出かけた。釣りなど何年やってないか分からないくらい久しぶりだったが、意外にもキスやハゼなど、何匹も釣れたので面白かった。

父親はなぜかヒトデや、大きいヒラメなどを釣り上げていた。特にヒラメは全く予期していなかった魚だったために、竿が大きくしなり、水面にその姿がバシャバシャと音を立てながら現れた時には、おお、、と思った。我々はキスを釣っていたのだが、そのキスを食べようと肉食のヒラメが近づいてきて、たまたま針に引っかかったらしかった。。

 

LOG/OUT magazine tour 2016 Hamamatsu

from LOG/OUT magazine web

昨日に引き続き、建築系のトークイベントに行った。去年、発行されたLOG/OUT magazineというリトルプレスのプロモーションおよび内容解説を兼ねたイベントで、発行人である著者(榊原充大氏)、編集者(和田隆介氏)、デザイナー(西村祐一氏)の3人全員が来て、この冊子を発行するまでの経緯を語ってくれた。

印刷にいくらかかったか、どれくらい売れれば資金回収できるか、どのように予算枠に収めつつクオリティを確保したか、など、金銭面のリアルな数字が細かく語られていたのがすごく面白くて、自分の想像よりずっと安い金額でこの凝った造本が作られていたことなども分かり、参考になった。。

特にデザインを担当した西村氏が、印刷費を安く上げるためにオンラインプリントを多用したこと、また、オンラインプリントはその需要特性上、A4印刷が異常に安く仕上がることから、それを1回折っただけでA5サイズの4ページ冊子になることを生かして、判型など決めていったことを、工学的視点からのデザインと説明していて、腑に落ちるものがあった・・・。

祭囃子の笛

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秋祭りのシーズンになってきたからか、夜になると遠くから祭囃子の練習の笛の音が聞こえてくる。よく聞いていると、メロディに聞き覚えのあるものばかりで、どうも自分が子供の頃に、地元の町内で習っていた楽曲と同じものが演奏されている気がした。

現在、自分は地元のエリアでなく、同じ浜松市でも別な場所に居を構えているのだが、てっきり祭囃子の曲は、それぞれの町内ごとにオリジナルのものがあり、違っているのだと思っていた。

「ツヒイリ」「チリヒャ」など、日本語なのか何なのかよく分からない曲名のものが多かったが、(歌詞も、ア、ツヒイリ、ヒャヒャヒャウ、ヒャヒャヒャウ ヒャ、など、原始人的恐ろしさを感じさせる狂気じみた歌詞)それらはいったい誰が作曲したもので、どのあたりのエリアまで浸透しているものなのか… 知りたくなった。

曲名に関しては、「小馬鹿」「大馬鹿」という曲のみ、曲名が日本語であったと記憶している…。(確か歌詞はこれも謎語)

「大馬鹿」は難しいので、子供は習わず、大人のみが吹くといった風習もあった。

まちの新しい使い方ラボ

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まちの新しい使い方ラボという、若い建築家グループが主催しているトークイベントに行った。ひとづてに、こういう町の廃ビルを使って新しいイベントスペースを作っている人たちがいると教えてもらい、興味があったので行ってみた。「まちを耕すこと」というテーマで、愛知県常滑市の建築家・水野太史氏、京都の建築リサーチャーの榊原充大氏のふたりが、実作をもろもろ紹介してくれた。

水野太史氏は、このあいだ読んだ「地方で建築を仕事にする」という本で紹介されている16人の著者のうちの一人で、ユニークな活動をしている。常滑市が中部国際空港の開港でにわかに再開発ブームになり、そこいらに新しいマンションが建ちまくっていたころ、親族の土地にもデベロッパーからマンション建設の話があったらしいのだが、その計画案があまり良くないもので、町にそれを建ててほしくないと思い、当時大学生だったにもかかわらず、親族を説得して設計をやらしてもらい、何年かかけて全く新しい案を作ったというのが建築家としてのスタートとなっているとのこと。そこでたまたま親族に強要されて使用した地元・常滑のレンガが想像以上に建物に馴染み、魅力を感じた水野氏は、のちに親族の製陶工場の一角に「水野製陶園ラボ」というものを立ち上げ、現代建築にレンガを生かすために、製品の開発やプロモーションなどを行っているという。既にいくつも実際に使用された事例が増えているという。

途中でちらっと紹介していた、焼き物でできた温泉という計画案が面白かった。ある山状の土地の中心部を掘り、窪状の地面にしたうえで、それを型枠として粘土を貼り付け、後から土を抜いて、出来上がった空洞を窯に見立てて全体を一気に焼き上げるというもので、全てが陶器で出来たドーム状の空間が生まれるという。釉薬のかけ方を微妙に変えて、内部は釉薬の色が変化した複雑な色合いを見せるという。実際に建築されることはなかったらしいのだが、全て陶器でできた建物というのは見たことがなく、面白いと思った…。

朗文堂・新宿私塾03:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 08

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朗文堂代表の片塩二朗さんについて

当時の自分のような初学者にとって、朗文堂のこの新宿私塾は、とても助けになった。

ちなみに朗文堂の代表・片塩二朗さんというかたは、学者としても各所で論文を発表しているかたなのだが、文字への愛情が強すぎるあまり、歴史を曲解し、ほうぼうで「歴史的に根拠のない記述」をしているということで、書体デザイナーの小林章氏などをはじめ、多くのかたがたから厳しい怒りの指摘をうけている…。

とくに悪名高いのが、「Futura」という1927年にドイツでデザインされた書体について、「ナチスがプロパガンダ広告などで多用していた書体であることから、ナチスのイメージがついていてドイツ圏では嫌われている」という風説を流布させたという話で、これは既に様々な人によって誤りが検証されているのだが、実際にはそのような事実はなく、実際にはナチスのポスターはこんな感じで、Futuraが使用されている形跡は見当たらないし、むしろドイツの伝統的なブラック・レターが使われているものが多い。

この話は、Futuraをデザインしたパウル・レンナーという人が反ナチス運動家だったことと併せて、「ナチスに反対していたのに、自分の作った書体がナチスに使われてしまって、ずっと苦しい思いをしていた」というストーリーとして、自分も聞かされていたので、そういうこともあるのかと思っていたが、のちに違うと分かった。(片塩氏は、こういう宗教や人種問題と、文字を合わせてスト―リーを語るのが好き)

いろいろな歴史観への期待

朗文堂に何度か授業に通ううちに、何となく感じたのは、片塩氏は文字業界のアカデミックな議論の土台作りのために、ある意味、確信犯的にこのようなことをやっているということ。まわりのスタッフや、関係者などもそれを分かったうえで、とはいえ片塩氏の知識や経験は膨大なものがあるので、真偽は定かでないけど、もろもろの研究の種をもらい、それぞれの研究の糧としていること。

確かに建築家なども、ときどき、歴史を独自すぎる視点で解釈したエッセイとも論文ともつかない不思議な文章をよく書いているし、日本史などの歴史学でも、「邪馬台国が実は存在しない!」といった、歴史の空白を妄想で埋め尽くして、トンデモ史実を作り上げるようなことは良く行われている。それは、歴史をそれぞれが多様な解釈で編集しなおしていくという、一種の遊びというか思考実験のようなものだろうと思っているが、そういう玉石混合状態の中から、面白い考えがあぶり出されていく…といった考えを、片塩氏は何となく、もっているような気がした。(これも、授業を受けていた者としてのただの推測だが…)

活字に憑かれた男

関係者の人たちが、たびたび、「片塩さんはちょっと文字視点で語り過ぎているので、違うところもあるんですが…」みたいなことを、本人の前で言っているところも何度か見たし、それを微笑みながら聞いている片塩氏の姿も見たので、周りの人も、それを半信半疑、でも興味深い事柄として、受け止めているのだなと思った。

批判されているのは、その解釈が行き過ぎるあまり、事実でないことを、事実であるかのように論文に書いてしまっていることで、特にアカデミックな土壌のあまりなかった文字業界では、反論できる人もあまりいなかったので、その間違った意見が絶対的なものになってしまっていたことだと思う。

確かに捏造されていたことがあるのは事実だし、それは学者としてはやるべきことでない。でもそれを聞いた人が様々なアクションを起こし、それに反論し、誤りが正され、また新しい議論を作っていく、そういうやり取りは、広がりを感じるもので面白いと、自分は思った…。批判されていることは、確かに間違っていることだったのだが、文字を学ぶ面白さを自分に教えてくれたのは、まさにこの片塩氏であって、それはとてもかけがえのないものになっている。感謝しているし、尊敬もしている。もう何年も、会う機会はないのだが…

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朗文堂・新宿私塾02:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 07

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前回に続き、タイポグラフィを朗文堂で学び始めたばかりのころの話が続きます。

スペーシング

冒頭の写真は、スペーシング(カーニング)の授業で作ったものだが、minamimonという小文字の文字列を、一文字一文字切り離し、それらの位置を0.何ミリかの精度で、ピンセットを使って調整していくことをやった。パソコン以前の昔のデザイナーは皆、このように紙の版下の文字をツメたり広げたりして、文字がきれいに見えるように調節していた。この「minamimon」という文字列での練習は、ここで考案されたものらしく、mとかnとかiの縦棒をいかに均等にリズミカルに配置できるか、それに対して円形を含むaとかoをどの位置に置くのがバランスよく見えるか、など、全体のバランス感を養うのにとても良い文字列らしい。このような教育メソッドも面白いと思った。

こういう文字間隔の調整は、デザイナーの基礎的な技術なのだけれど、当時の自分はそういうことすら知らなかった。それからというもの、何気なく見ていた書籍やら広告やらパッケージやらのすべての文字の間隔が気になるようになった。文字間の開け方の違いで、雰囲気や、印象が全く違ったものになっていることに、それまで気づいていなかったことがおかしいと感じるほど、文字が違って見えるようになった。文字の使い方をもっと知っていけば、自分の中でデザインの良し悪しを判断するモノサシができていくのだろうと思えたので、畑違いの分野から興味を持った自分にとっては、そういう道しるべが見えたことが、うれしかったことを覚えている。

ちなみに、文字を切り貼りしているので、当然、紙の厚みの影が落ちて、それがはっきりと線に見え、その状態だと文字の間に余計な線が何本も入って見えるのと同じなので、当然バランスがおかしく見える。それで「髪の毛1本分、右に」とかいうものだから、そんな微差より、この影をどうにかしないと意味ないのでは、、、と思っていたが、逐次コピー機でコピーを取って、その影を消して確認するとのことだった。目を細めて見ることで、細い影の線を消してハッキリした文字の部分だけ見えるという技もあるらしかったので、それらを併用したりした。

ここでは、技術、文化、芸術の観点から、文字を多角的に学んでいくとのことだったので、最初はこのような初歩の技術から習っていった・・・

朗文堂・新宿私塾01:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 06

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タイポグラフィ専門の出版社のデザイン塾

前回書いたように、雑誌「アイデア」を読み漁っていたある日に、巻末の広告にて「新宿私塾 タイポグラフィスクール 塾生募集」という小さな広告を見つけた。当時、大学では建築設計を学んでいたので、グラフィックデザインのことは完全に独学で勉強していたに過ぎなく、なんというか自分でもどのように学んだら良いのか、とっかかりが無く悩んでいた。グラフィックデザイン全般の学校はいくらでもあったが、自分の興味の中心は文字にあり、それ専門の教育機関というのは当時見つけることができないでいた。その時にこの塾の広告を見つけ、そのアカデミックな感じに惹かれて、すぐに応募した。朗文堂はタイポグラフィ・書体関連の書籍を専門に発行している出版社で、本もいくつか見たことがあったので、ここなら深い知識が学べそうだと思った。

半年間でタイポグラフィの基礎を多角的に学ぶ

自分が実際に受講したのは新宿私塾の第10期、2007年の4月から9月までの半年間だった。もう9年も前のことになる。そのなかで、ざっと下記のようなカリキュラムを学んでいった…。

タイポグラフィ概論
スペーシング基礎
和字・漢字書体の歴史
公版印刷所・理想社でのフィールドワーク
活字組版指定基礎
欧文活字の歴史・ローマン体の成立
欧文書体の分類・グーテンベルグのブラックレターから近代サンセリフまで
欧文組版の基礎
日本の活字版印刷概略史
名刺デザイン制作
組版と多義性・音楽とタイポグラフィ
デザイン実務紹介・図録製作の実務
凸版印刷博物館の見学
本文組版演習
紙面設計工程の紹介
フォーマットとグリッドの概略史
書物の組版を見る・恩地幸四郎、堀辰雄、立原道造など
サイン・デザインの現場紹介
コーポレート・アイデンティティおよびブランド・アイデンティティ構築
構造としての造型言語・リートフェルト、ミース、フラー
アプリケーション・組版ソフト・電子活字
ポイントシステム概略
活版印刷のイロハ・アダナプレス機を用いた活版印刷
明治期の和様活字書体を見る
活字書体設計の基礎と実践・レタリングからタイプデザインへ
製本術入門
造本概略

来ていた人たち

受講者は全部で10人で、すでにグラフィックデザイナーとして働いている人もいれば、自分のような学生もいたし、印刷会社で働いている人、またweb開発をしている人などもいて、それぞれ背景は違えど、皆、文字について、体系的に知りたいと思って、ここに来たようだった。

講師陣には、朗文堂代表の片塩二朗、雑誌「アイデア」のアートディレクションをしていた白井敬尚、活字書体デザイナーの今田欣一、アドビの山本太郎など、意欲的に研究と実践を繰り返している方々が幾人も名を連ねていて、多様な視点で文字について語ってくれた。人によっては、それらの講義がアカデミックすぎると感じるかもしれないなと思う内容もあったかもしれないが、自分にとっては、歴史から学ぶ、ということはとても腑に落ちるプロセスだったので、どれも興味深かった。また、それまで知っていたデザインの歴史を、文字という切り口で見ると、また全然違ったものに見えてくるということが凄まじく面白く、どんどん調べたいことが広がっていって、その後の確かな道しるべになった。

新しい分野を学ぶときは、完全な独学だと、そもそも何から調べていいかすら分からないので、こういう講座で、概略を学べたことは本当に助かった。朗文堂は出版社なので、数多くの良質な参考書も事務所に置かれていて、毎回、毎回美しい書籍を手に取って見ることができたのも大きかった。こうやって少しでも扉を開けてもらえると、そこからの学びはずいぶん違ったものになったと、思う。。

 

つづきます

 

The Typographic Circle, Domenic Lippa, SPIN…

from London Design Festival website

下の記事の捕捉になるが、それから数年が経って、2013年にロンドンにてタイポグラフィ関連の書籍出版、イベントを行っているThe Typographic Circleが主催するイベントで、彼らの機関誌「Circular magazine」のデザインをやっているPentgramのDomenic Lippaの講演会を聞きに行く機会があった。

その際に、Domenic氏は多くのスライドでタイポグラフィの歴史を振り返りながら、それらから氏が学んだことが、現在のPentgramでの仕事にどのような影響を及ぼしてきたかを語っていた。そのスライドで紹介されていた事例というのが、ヤン・チヒョウルトやエル・リシツキーなどから始まり、ブロックマンやエミール・ルダー、ハーブ・ルバリン、オクタヴォ、ウィム・クロウウェル、オトル・アイヒャー、、など、殆どが「アイデア」誌で特集が組まれた作家の作品で構成されていて、英語があまり聞き取れなかった自分でも、何を言っているのか、だいたい理解することができた。同時に、あの雑誌が、欧州でも通用する基礎的な知識を紹介してくれていたことが、とてもありがたいと思った。。Pentagramだけでなく、同じくロンドンのデザイン事務所SPINなども、過去の巨匠デザイナーの仕事を現代に掘り起こして、アーカイブ化して出版していくUnit Editionという出版活動をやっていて、彼らの作品展も見に行ったが、展覧会の殆どは過去のデザイナーたちのポスターで、壁一面に並ぶそれらの前に、SPINの事務所の仕事が紹介されていて、過去の研究の上に成り立っているという意図がかなり明確に主張されていた。。

雑誌「アイデア」:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 05

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前回からの続き。

コンクリートポエトリーの作家たちの作品に、すっかり心を持っていかれてしまった自分は、グラフィックデザイン関連の雑誌を読み漁るようになった。幸いにして、自分が通っていた大学には日本有数の巨大な図書館があり、とくに閉架書庫に行けば数々のデザイン雑誌のバックナンバーなどを容易に閲覧することができた。とりわけ、雑誌「アイデア」は創刊60年以上が経過している老舗の雑誌だが、これも創刊号からすべて揃っていたので、よく図書館に通っては見ていた。創刊号からひたすらページをめくっていって、興味を持ったところを読むということを繰り返して、創刊号からの60年分の全てのページに目を通したと思う。

「アイデア」は、2002年以降に、編集長が室賀清徳という方になってから、明確に雑誌の編集方針に違いが表れてきていて、その時々のトレンドのデザインを紹介するという方向から、過去の巨匠的グラフィックデザイナーの総覧的な特集をよく組むようになった。それはグラフィックデザイン業界に、作品を批評しあう土壌を作りたかったからとのことらしかった。なんでも、グラフィックデザインには、建築や絵画のように、作品を批評しあう土壌が日本に無く、それこそ、主にグラフィックデザインの活躍の場が広告であることから、投じられた広告費の規模や、売れたかどうか、などで善し悪しが語られるくらいで、それ以外の批評する軸を持たないということに、文化的閉塞感を感じていたらしい。。

批評ができないということは、つまりデザイナーが皆、知っているような共通認識が足りないからではないかと考えたらようで、つまり、20世紀にグラフィックデザインという業態が生まれてから、現在に至るまでの歴史や、なぜそのようにデザインが変化してきたかなどを、皆がある程度、理解していれば、そのうえで、これはここが新しい、これはここが他と違う、ということをコメントすることができるのに、誰も何も共通した土壌・前提知識がない状態だと、単に主観的に、面白い、面白くない(と思う)という感想の言い合いに終始してしまうことが、批評の難しさを作っているのではないかと考えたようだ。

だから、積極的に過去の巨匠たちの特集を組み、社会のどのような変化にたいして、デザイナーが対応していったか、技術の発展に対して、デザインがどのように変化したかなどを紹介していくことで、ザックリとした「グラフィックデザインの歴史」をちゃんと理解できるような雑誌にしていったようだ。ザックリと書いてしまったが、特集の密度は毎回すばらしいものがあり、他の雑誌を全く寄せ付けないほどで、自分はこの雑誌から多くを学んだ。特にタイポグラフィという観点で、後世に残る仕事をした巨匠たちが紹介されることが多く、次第に、デザイナーの系譜というか、デザインを見た時にそのルーツが分かってくるようになった。

建築ももちろんそうなのだが、やはりどんな巨匠も、やはり誰かの影響を受けて、その影響を自分なりに発展させて、次の革新をつくっている。いきなり芸術的なひらめきで、何もないところから新しいものを生み出すことは、限りなく難しい。「人の作品をちゃんと見たり研究したりしない人の作品は、残念ながらすべて似ている」と誰かが言っていた記憶があるが、自分で新しいと思っていることでも、実は過去に死ぬ程似たような事例がゴロゴロしていることは多い。

もちろん過去を知っているからと言って、それだけで良いレイアウトができるようになるわけでないし、例外もたくさんあるのだけれど、少なくとも自分にとっては、何かデザインを考えたり、見たりするときの物差しとなった。。

ゆりの木通りバザー

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駅前の、ゆりの木通りという商店街で手作り品バザーが開かれるというポスターを見たので、行ってみた。

昨今クラフトフェアは割と人気らしく、ひと月ほど前に東京ビッグサイトを用事があって訪れた際も、creemaという、ハンドメイド品を個人間で売買するプラットフォーム(簡単に言うとEtsyの日本版)が主催する大規模なクラフト展をやっていて、かなりの賑わいを見せていた。
今回のゆりの木通りバザーは、全部で50弱くらいのブースが出店していたのだろうか。人通りはそこそこあり、楽しげな雰囲気は出ていたが、何というかエリアが広すぎて、全体の密度感が薄い気がした。欧州にいた際にも、多くのバザールやマーケットを見てきたが、それらは、密集した空間に、ごちゃごちゃっとした物量が一気に並んでいて、その迫力によって、祭りのように気分が高まり、購買意欲も自然と生まれているという感じがあった。今回のものは、ふつうの歩道でやっているので、道全部を封鎖して行われるようなヨーロッパのマーケットのようにはいかない難しさがあるのだろうとは思うが、なんらか、日常の延長ではないと感じられる演出が必要なのではという感じがした。。

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日曜日の昼間は、駅前の中心部あたりは割と人がいない。。

建築倉庫ミュージアム

用事があって東京に行っていた。天王洲にある建築倉庫というミュージアムに立ち寄った。今年の6月にオープンしたばかりの建築模型専用のミュージアムで、元々、美術品などの保管業務を行っている寺田倉庫という会社がはじめたもので、通常、箱に入って倉庫内にただ積み上げられて保管される建築の模型を、あえて展示することで、美術品的な価値を持たせていくという面白い試み。倉庫内には白いスチール棚が整然と並んでいて、そこに大小さまざまなプロジェクトの模型が置いてあった。素材も、作り方も、箱に貼ってあるあるラベルも、それぞれの設計事務所の特色が出ていて面白かった。ただ、隈健吾の事務所の作品が突出して数が多かったように見えたのと、模型を提供している事務所のバリエーションがあまり多くなかったので、若干、物足りない感があった。でもこのように発想次第で新しい美術館を生み出せるというのは面白いと思った。

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ロンドンの広告デザインのレクチャー

浜松にある専門学校にてレクチャーを行った。

生徒の皆さんが研修でロンドンに行くらしく、その事前授業の一環ということで、ロンドンでの広告の作られ方、ロンドンの広告デザインの特色などをレクチャーした。ロンドンの人口800万人中、イギリス人は半分もおらず、世界中から様々な人種が寄り集まっているサラダボウル的都市であることから、共通した文化的バックグラウンドがないので、日本のように、「皆が知ってるタレント」というようなものがなく、タレント広告の割合が少ないことや、コピーについても、捻りある表現でなく、割と直接的な言い回しが好まれることなどを説明、とにかくシンプルに利点を直接的に伝える表現が主流であることを伝えた。加えて、シンプルというのはただ見た目がシンプルというだけでなく、コピー等も含めたメッセージがシンプルかどうかが重要ということを強調して解説した。

生徒さんたちが渡英した際の学びの深さに少しでも繋がれば良いと思う。

ボート

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前回の週末だったか、遠くからなんらかボヤボヤとした拡声器の声が聞こえていた。輪郭があいまいで何を言っているのか聞き取れていなかったのだが、風向きが変わったのか、気温の変化か何かで、あるときから内容が聞き取れるようになった。高校の名前と、順位とタイムを言っているようで、すぐにそれがすぐそばの湖で行われている高校のボート部の大会だとわかった。遠くを見ると、何本かのポールが湖上に立てられてレーンを形作っているのが見えた。何隻かの船が線を引きながら岸辺に帰っていった。その日はやや残暑の厳しい日で、風も生暖かかった。

萩原恭次郎:タイポグラフィに興味をもったきっかけ 04

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時系列が若干前後するが、のちに朗文堂という出版社でタイポグラフィを学んでいた際に、新國誠一や北園克衛に興味があると伝えたら、萩原恭次郎というダダイズムの詩人を教えてもらった。それの組版も面白い試みをしているという。
見せてもらった紙面は、確かに、うねりの強い金属活字の文形と、様々な文字サイズや役物が混植されたリズミカルで迫力あるもので、埃っぽい暴力的な雰囲気がよく表現されていた。

大正末期に発売された初版本などはとても高くて買えないが、復刻されたものは古本屋などで安く売っているはずと聞いた。現代人である自分は、古本屋に出向く前にまずネットで検索をし、それが普通にアマゾンで売られていたので、買ってしまったのだが、実は、復刻版は平成になって出版されたものと、昭和に出版されたものと2種類あり、平成のものは、前述のカッコイイ組版が全く再現されていないことを後になって知った。その後、昭和のほうを探して買い求めたので、上の写真のように同じ本が2冊ある。左が昭和のほう(特選 名著復刻全集 近代文学館・刊)で、右が平成のほう(日本図書センター・刊)。

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上が昭和、下が平成。表紙は似ているのだが、内部が全く違っていて、構成は再現しようとしているものの、使っている活字が違うので、文字の持っていた破壊的な強さが消えてしまっている・・・。このサイズだと分かりにくいので、下にもう少し寄った写真を載せる。

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上が昭和のほう、下が平成のほう。上は息の粗さがありありと表現されているが、下のはすごく淡々としていて弱弱しい。

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同じく上が昭和、下が平成。文字サイズのコントラストも弱くなっている。

便宜上、昭和、平成と言っていたが、昭和に復刻されたほうは、大正末期の初版本をそのまま再現しているので、大正と平成と書いたほうが分かりやすかったかもしれない。平成の日本図書センターからの復刻版は、帯に「初刊のデザインの香りを伝える新しい愛蔵版詩集シリーズ」とハッキリ書かれているにもかかわらず、このように全く再現されておらず、とても紛らわしい。。

北園克衛:タイポグラフィに興味をもったきっかけ 03

先日、触れた「CHICAGO REVIEW」という本には、北園克衛の作品がふたつ載っている。

CHICAGO REVIEW より

CHICAGO REVIEW より

詩集のはずなのに、なぜかこのページだけいきなり写真が登場していて、なんだこれは?となる。。
一応、英文らしきものが部分的に使われているが、新聞の切り抜きか何かで、意味はなしていない。これは北園の後期の作品で、プラスチック・ポエムと名付けられた一連のシリーズで、写真のような詩、でなく写真そのものが詩という発想に到達していて、たまに日常生活でも、ちょっとした置物が夕日に当たったりしているときに、なんとなく詩的だね、などと思うような感情を、ある意味でそのまま「それが詩である」と言い切ってしまったようなものなのだと思う。

もともと詩を言語だけでなく、視覚的なものの総合芸術として考えていた北園は、初期の頃から不思議に構成的な詩をいくつか作っている。処女作である「白のアルバム」という詩集に載っている図形説という作品は、罫線とかブレース記号が言葉と組み合わされて、詩というかダイアグラムのようになっていて、普通のように読むことはできないが、言葉がそれ単体であるときより複雑なイメージを持って伝わってくる。

「カバンの中の月夜 北園克衛の造型詩」 より

「カバンの中の月夜 北園克衛の造型詩」 より

詩を、単に言葉だけによる表現とは見なしていなかった北園は、詩のリズムとか、文字の形とか、それが記される紙面空間とか、それらの総合で詩的なものを作ろうとしていた。おそらくこの詩人の最も有名な作品である、「単調な空間」という詩があるのだが、その一部はこのような感じになっている。

白い四角
のなか
の白い四角
のなか
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のなか
の白い四角
のなか
の白い四角

これはいわゆる文字を絵のように扱ったコンクリートポエトリーの作品ではないのだけれど、きわめて抽象的な幾何学図形のついての詩で、その内容を、この独特な改行の仕方が強調している。この改行による「間」が印象をかなり特徴的にしている。反復されている感じが強調されるため、日本語を理解しない外国人にも、一種のミニマル・アート的な感覚で受け入れられたらしく、コンクリートポエトリーを先導していたスイスの詩人、オイゲン・ゴムリンガー等もこの詩を、原文とともに翻訳して本に載せたという。原文の日本語に現れる「四角」という字の四角っぽさなど、その硬質な見た目と、それらを繋いでいるひらがなの曲線的な対比なども、面白く海外で受け入れられたようだ。

世田谷美術館 橋本平八と北園克衛展カタログより

世田谷美術館 橋本平八と北園克衛展カタログより

北園はその独特な「間」への感性が優れていたために、実は詩人としてだけでなくデザイナーや挿画家としても活躍していて、かなりの数の作品を残している。特に文字の組み方については、余白をたっぷりと取って、小さめの文字を緊張感を持って置いていくスタイルがとても美しく、よけいな装飾も一切ないため、言葉が澄み渡るようにきれいに読めるという感じがあった。大学の図書館に置いてあった「空気の箱」という詩集などは、たとえばタイトルと本文の文字サイズは同じで、タイトルだけ太字になっているのだが、間をしっかり与えているために、タイトルは小さくてもタイトルらしく見えるし、本文とサイズも同じなので、紙面に変則的なリズムを作らず、淡々とした表情が展開されていって、詩集のタイトル「空気の箱」にもぴったり合っている。このように、要素を絞って、間だけで紙面の表情を作っていく北園克衛の仕事はかなり素晴らしいものが多くあって、間に対する認識がかなり変わったことを覚えている。

世田谷美術館 橋本平八と北園克衛展カタログより

世田谷美術館 橋本平八と北園克衛展カタログより

考えてみれば、言葉に対して誰よりも繊細な、詩人という人種が、言葉が置かれる紙面や空間について考えないことはまずない。その言葉に適した文字の形、大きさ、間隔などがあるというのは、良く考えてみれば確かに普通のことなのだが、こういう仕事を見るまではあまりそれが実感としてよく分かっていなかった。。

現代においても、例えば妖怪作家の京極夏彦などが、紙面レイアウトまで全部自分でやっているというのは有名な話で、紙面のレイアウトで印象が全然違ってしまうのががまんならないそうで、レイアウトに合わせて文章のほうを削ったり変えたりも同時にやっているという。京極夏彦は、読んだことがないけれど、、、。

コンクリートポエトリー運動:タイポグラフィに興味をもったきっかけ 02

2016年10月22日に記事を訂正しています。それまでの記事では、向井周太郎氏の「町」という作品を掲載をしていましたが、出展を明記しておらず、新國誠一氏の作品のひとつとして紹介してしまっていました。現在は該当部分を削除しています。申し訳ありませんでした。

コンクリートポエトリー運動は欧米でも盛んだったようなので、アルファベットを用いた作品も数多く見つかった。古本屋を巡っていて、1967年に発行されたCHICAGO REVIEW: anthology of concretismという、コンクリートポエトリーの主要作品を収録した本も見つけ、購入した。Emmett Williamsの細かく単語を散らしていったようなものなど、言葉が声になって空間に放たれて、残響しながら消えていくような感じがしてきれいだった。

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その本に載っていた日本人はふたりだけで、そのうち一人が新國誠一という詩人だった(その名前は、先述した向井周太郎氏の本の中にも出てきていた)。国際的なシーンの中でも、新國の作品は注目度が高かったらしく、それは、欧米の詩人たちが表音文字(文字の形じたいが何かの具体物を意味するわけでないもの)のアルファベットを使うのに対して、新國が漢字という表意文字(何らかの具体的な形をもとに生まれた記号)を使えるというアドバンテージがあったからであると言われている。確かに漢字はアルファベットより、具象的であり、下の「雨」という作品などは、雨という文字の中に入っている水滴の要素をリピートさせて、雨の情景を再現している。

国立国際美術館webより

明らかに漢字の優位性があったとはいえ、構成力というか、紙と文字のバランス感も絶妙で、文字のように見えるし絵のようにも見えるギリギリの大きさや位置にはまっている。。

そして、CHICAGO REVIEWに載っていたふたりの日本人のうち、もう一人は北園克衛という詩人で、この人の作品もまた、とてもよく、新國がおもに文字の形状からの発想で詩を作っていたのに対し、北園のほうは余白というか、文字のまわりの白い紙の余白がどれだけ詩情に影響するか、、みたいなことをさまざまに試行錯誤していて、実は北園克衛のほうからの影響もかなり大きく受けている。次は北園克衛について書く、、。

 

向井周太郎:タイポグラフィに興味をもったきっかけ 01

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向井周太郎「人間」 (向井周太郎「かたちの詩学」コンクリートポエトリー選集より)

2016年10月22日に記事を訂正しています。それまでの記事では、この「人間」という作品が新國誠一氏の作品であると書いてしまっていましたが、それは誤りで、向井周太郎氏の作品でした。ご本人様よりご指摘をいただきました。大変申し訳ありませんでした。

自分がタイポグラフィに興味をもつきっかけとなったのは、上に掲載した、「人間」という作品だった。それは向井周太郎というかたの手によるもので、この人の名前自体は、後になって知ったのだが、思い返せば、確か高校生ぐらいの時に、上の「人間」という詩とも絵ともつかないような作品が新聞に載っているのをたまたま見たことが発端になっている。その時に、これは面白いなと思って、このレイアウトがずっと記憶に残っていたのだが、ある時、大学図書館で調べ物をしているときに、偶然この詩が掲載されている本を手に取った。そこでこの人の名前を知った。

その手に取った本というのが、「かたちの詩学」という本で、その本の一部として、数多くのこのような視覚詩が紹介されていて、これらの作品が「コンクリート・ポエトリー」という1960年代に世界的にムーブメントを起こしていた前衛詩の運動に関連しているということも分かった。それは純粋に言葉だけで詩情を生み出そうとするのではなく、そのレイアウトや文字のかたち、空間的構成によってその意味に深みを与えていこうとする運動だった。

ただ文字を分解して空間的に並べただけなのに、文字や単語それだけの意味を超えて、新しい視点をつくっていることがとても面白いと思った。文字の形や空間によって、ただの記号がそれ以上のものになって、感情やイメージを伝えていく。このことは自分にとってとても印象深く衝撃的なできごとで、もっとこういう作品を見たいという思いにかられ、もろもろコンクリート・ポエトリー運動について調べ始めていった。。

 

タイポグラフィ

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これまでに数多くの文字関係の本を読んできた。どのように文字をデザインするか、それをどのようにレイアウトしていくか、そしてそれをどのように印刷するか、といった文字にまつわるもろもろの本で、それらは一般的にタイポグラフィといわれている。この学問は、自分にとってデザインの入り口となった建築デザインのように、歴史があり、技術の進化があり、社会の要請があり、文化の変化があり、それらの総合的なものとして最終的なビジュアルが作られるという、理学・工学的な要素の総体として美しいものを作っていくという姿勢があることが、自分を強く惹きつけたのだと思う。

自分が最初にタイポグラフィを学んだのが、新宿にあるタイポグラフィ関連の本ばかり出している「朗文堂」という出版社が主催しているタイポグラフィ・スクール「新宿私塾」だったのだが、そこでの教育はまさにそういう工学的視点を多く含んだカリキュラムになっていて、とても面白いものだった。

それからタイポグラフィは自分にとってデザインの最も中心にあるものになり、前職でもフォントづくりに関わることもやっていたこともあり、目につく本はいろいろ買って読んできた。せっかくなので、このブログにそこで得た知識やら何やらをこれから書いていこうかと思う…。

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雨が降っている。おかげで気温は涼しいのだが、じめじめしている。そんなに大降りというわけでもないので、窓の外では散歩やジョギングをしている人たちの姿も見える。

昨日たまたま行ったスーパー銭湯のトイレに、「スムース・ベン・デール」という名前の便秘解消ドリンク的なもののポスターが貼ってあった。名前があまりにダイレクトなので思わず笑ってしまった。パッケージも白地に洒落た字体でその名称がデザインされており、いっそうシュールさが際立っていた。しかし、こういう一般小売店で流通していないようなマイナーな商品は、これくらいのネーミングが必要なのかもしれない。

テルミン

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もう先月のことになってしまうが、楽器博物館で行われていた「音楽と革命 それはテルミンから始まった」という展示を見た。学生のころ入っていたサークルで、この手の初期の電子楽器に非常に詳しい人がいて、原宿にあるFive G(という古いアナログ・シンセサイザーなどを大量に扱っている店)などを教えてもらい、たまに訪れては、ノブやボタンが過剰に並んだそれらの楽器の佇まいを眺めていた。その店でも当然、テルミンは扱われていたし、同じサークルの知り合いでもテルミンを所持している人がいたこともあり、なんとなく自分もテルミンには興味があった。

今回の展示は、こじんまりとしたスペースにいくつかのポスターと、テルミン実機が数台置かれているだけのコンパクトな展示だったが、テルミンのミニコンサートなどが開かれており、久しぶりに生で見て、やはり空中をなでるように演奏するその姿は異様なものがあり、魅力的だと思った。

from Mandarin Electron website

展示の一部として、国産テルミンも置かれており、それを制作したマンダリン・エレクトロン社が浜松にあることも初めて知った。同社は、テルミン奏者の第一人者である竹内正実が設立し、マトリョミン(マトリョーシカの中にテルミンを仕込んだ、狂人的発想の凄まじい製品)などを販売している。マトリョミンは愛らしい外観だけども、発想はとても常人のものではない…。

よくよく調べてみると、マンダリン・エレクトロン社が入っているビルは自分も近くをよく通ったことのある「頭脳センター」というこれまた謎の名称のビルだったのだが、あのビルに世界的メーカー、マンダリンエレクトロンが入っていたのかと思うと、何か腑に落ちる気がした。

ちなみに浜松で11月に「世界音楽の祭典」というイベントがあり、そのPVにも一瞬だけテルミンが登場するとのことだった。このイベント、あまり宣伝を見かけなかったので知らなかったのだが、三宅純が音楽監督として、招待ミュージシャンのキュレーションなどやっていたらしく、ラインナップを見ると、聞いたことないが面白そうな世界各国のミュージシャンが出るようで、結構よさそうなフェスだと思った。

三宅純は、ある映画で使われていたThe Here and Afterという曲がとてもよく、一度ライブを観に行ったことがある。

若干、話が飛ぶが、ヤマハ楽器のデザインは、プレイヤービュー(演奏者にとってどれだけ使いやすいか)とオーディエンスビュー(ステージを見る人にとってどれだけ格好良く映るか)という二つの軸でデザインが練り上げられるという話を、ヤマハのデザイン部のかたから聞いたことがあったが、テルミンのような不思議な演奏方法をもつ楽器は、突出してオーディエンスビューが面白い気がした。。

FabLab浜松

Fablab浜松に見学に行ってきた。

自宅から車で15分ほどの田園地帯の中にあり、農作業小屋を改装して作られたというバラック的室内には、3DプリンタやCNC切削機、各種木材加工機、レーザーカッターなど多くの工作機器が置かれていて、あちこちにメンバーの作ったと思われるプロダクトのプロトタイプのようなものが置かれていた。主宰の竹村さんと、Maker faireやfab labについて、バイオテクノロジーとアートについてなど、もろもろの話ができて、とても面白かった。

自分もかつて3Dプリンタを買って組み立てたり、arduinoを使って自動で絵を描くマシンなど作っていたので、再びそういうものを作りたいという気持ちになった。

ぜひまた訪れたい。

浜松市美術館 若木信吾写真展

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ややパラパラと小雨の降る中、浜松市美術館で行われている若木信吾という写真家の展覧会に行った。広告や雑誌などに、主にポートレイトを発表している著名な写真家で、浜松でBooks and printsという小さな書店を経営していることからも、その名前は知っていた。写真家が写真家のポートレートを撮るというシリーズが面白く、ふだん写真の裏側にいる著名写真家たちの表情が、自然かつ、その作風をどことなく感じさせるような表情で撮られていた。映像としてそれぞれの写真家へのインタビュー映像も上映されていて、フルで見ると2時間近くかかるので、今回は半分も見られなかったが、写真家の肉声とかしぐさを見る機会はほとんどないので、興味深かった。特に探検家でもある石川直樹が、わりとよくうつむいたり、ちょっとソワソワしたりしながら話しているのが、なんとなく冒険家のイメージと違っていて、意外で面白かった。

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ちなみにタイトルの文字は逆スラントというか、通常後ろに倒れる斜体を前に倒していて、シンプルだけどちょっと勢いを感じる風になっていた。欧文でもこういう逆スラントはたまに見かける。

キュビズム美術館カタログのタイプフェイス

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先月、チェコに行った際に、プラハにあるキュビズム美術館を訪れた。そこで買ったカタログのタイプフェイスが面白く、全てのOが六角形になっていた。

ここはキュビズム美術館といっても、キュビズムの絵画でなく、家具がメインで置かれており、20世紀初頭にチェコでのみ一瞬、流行したカクカクしたポリゴンのような造形のテーブルやイス、シェルフなどが置かれている。

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その幾何学的な雰囲気の要素を少しだけアクセントとして文字に取り入れ、Oをカクカクの六角形にしてあるのだが、それがほどよく全体の雰囲気に統一感を出していて、良かった。会場のキャプションなどにもその文字が使われていた。

このように一見、普通っぽいのだが、細部に違和感が仕込んであって、それが特徴的になっているというフォントは、昨今よく見かけるようになった。ロンドンのデザインイベントのDesign Junctionで使われていたpx groteskというフォントなども、パッと見、普通っぽいが、変なところが直線になっていて、曲線と直線がガタガタとつぎはぎされたようなフォントになっていて、おもしろい。。

[本]日本・地域・デザイン史Ⅰ

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駅ビルに入っている谷島屋書店で、「日本・地域・デザイン史Ⅰ」という本を偶然発見し、買ってみた。地域という視点で再編集されたデザイン史の本というのはあまり見たことがないので、面白そうだと思った。日本の地方のデザイン運動を歴史的に編纂したものらしく、「静岡・浜松」という項目に50ページほどが割かれている。

まだちゃんと読めていないが、おおよそこの100年のあいだに、この地域にどんな産業があって、それをデザイン的に行政がどうサポートしたか、デザインに特色のあるどんな企業が生まれたか、そして学校はどんなデザイン教育をしてきたかなどが、網羅的にかかれているようだ。

知らなかったが、柳宗悦の民芸運動の勃興期に、日本で最初の民芸館は浜松に建てられたと書いてあった。わずか2年で閉館したらしいが、東京の日本民芸館の開館(1936年)より5年早い1931年に建てられていたらしい。このあたりの歴史も面白そうだ。

学生の頃に、デザインをやるものは歴史を絶対に学べと繰り返し言われたせいか、こういう歴史についての話は好きなので、面白く読めそうな本だ。。

ブログをはじめました。

ここでは、デザインのことや、普段のこと、読んだ本のこと、好きな音楽のことなど、もろもろのの雑記を記していく予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。