コンクリートポエトリー運動:タイポグラフィに興味をもったきっかけ 02

2016年10月22日に記事を訂正しています。それまでの記事では、向井周太郎氏の「町」という作品を掲載をしていましたが、出展を明記しておらず、新國誠一氏の作品のひとつとして紹介してしまっていました。現在は該当部分を削除しています。申し訳ありませんでした。

コンクリートポエトリー運動は欧米でも盛んだったようなので、アルファベットを用いた作品も数多く見つかった。古本屋を巡っていて、1967年に発行されたCHICAGO REVIEW: anthology of concretismという、コンクリートポエトリーの主要作品を収録した本も見つけ、購入した。Emmett Williamsの細かく単語を散らしていったようなものなど、言葉が声になって空間に放たれて、残響しながら消えていくような感じがしてきれいだった。

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その本に載っていた日本人はふたりだけで、そのうち一人が新國誠一という詩人だった(その名前は、先述した向井周太郎氏の本の中にも出てきていた)。国際的なシーンの中でも、新國の作品は注目度が高かったらしく、それは、欧米の詩人たちが表音文字(文字の形じたいが何かの具体物を意味するわけでないもの)のアルファベットを使うのに対して、新國が漢字という表意文字(何らかの具体的な形をもとに生まれた記号)を使えるというアドバンテージがあったからであると言われている。確かに漢字はアルファベットより、具象的であり、下の「雨」という作品などは、雨という文字の中に入っている水滴の要素をリピートさせて、雨の情景を再現している。

国立国際美術館webより

明らかに漢字の優位性があったとはいえ、構成力というか、紙と文字のバランス感も絶妙で、文字のように見えるし絵のようにも見えるギリギリの大きさや位置にはまっている。。

そして、CHICAGO REVIEWに載っていたふたりの日本人のうち、もう一人は北園克衛という詩人で、この人の作品もまた、とてもよく、新國がおもに文字の形状からの発想で詩を作っていたのに対し、北園のほうは余白というか、文字のまわりの白い紙の余白がどれだけ詩情に影響するか、、みたいなことをさまざまに試行錯誤していて、実は北園克衛のほうからの影響もかなり大きく受けている。次は北園克衛について書く、、。

 

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