あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。久しぶりの更新になってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願い致します。

お世話になった人々に年賀状を出したのだが、なぜか一部が年内、クリスマス前あたりに届くという現象が起こってしまった…。宛先面には「年賀」と赤で書いてあるし、郵便局で係員の方に渡す際にも、年賀ですと言ったはずなのだが…。ちゃんと年明けに届いた人々もいるようなので、何らかのミスで一部が通常配達便に紛れてしまったのではと思っている。こういうミスがあると、出した年賀状の全てが本当に届いているのかどうかも、若干心配ではある。。

昨年は、大学卒業後から勤めていたソニーを退職して、赴任先のイギリスから帰国して浜松へ引っ越し、独立しての活動を開始したことで、環境が大きく変化した年になった。ソニーは、面白い人も多く、働きやすい会社だったし、3年間イギリスに赴任として送り出してもらえるなど、良くしてもらっていた。会社の業績が悪い年に入社したが、そこから7年、社内もどんどん変わり、徐々に上向きになっていくのも感じていた。ただ以前より、可能な限り一人でやれることは全て一人でやりたいと思っていたことに加え、またもろもろ興味のあるプログラミング、ジェネラティブアート、デザイン・芸術史、タイポグラフィ等の分野の学習と研究に割く時間のとり方の時間配分など含め、いろいろな意思決定を自分自身でできる状況で働きたいなと思っていたことから、退職してフリーになることを選んだ。

また、これはとても個人的なことになるが、退職に関しては、属していた企業があまりにも大きすぎて、自分が具体的にこの分野でこのように貢献している、というのが実感しにくかったということもあった。これは組織の問題ではなく、完全に自分の性格に起因するもので、昔から、自分は自己肯定感というものを持つことがほとんどできず、どれだけ自分が何かをやって、何らかの評価を得ても、それは外的要因によるもので自分の頑張りによるものではないと思いこんでしまうという、抜け出し難い思考の欠点を抱えていた。だから前職のような大きな会社にいると、自分のやったすべてのことは、たとえそれが規模の大きなプロジェクトで、自分がかなり意欲を持って取り組んでいたものだったとしても、すでに確立された会社の名前の上に成り立っているだけのものと感じてしまい、仕事自体は十分にやりがいのあるものだったのだが、意識の奥底で、自己肯定感の満たされなさをずっと感じてしまっていた。

この自己肯定感のなさというのは非常に厄介なもので、それは年齢を経ることで解消されるものかと思っていたのに、10代、20代、30代ときてまだ根強く残っていたので、さすがにこれと向き合わないことには、今後の自分の人生を生きるのに支障が出るのではと思った。自分は基本的に生真面目なので、前職の中でちゃんとやっていく事はできたとは思うが、やはりどうしても、この自己肯定感の欠乏を埋めないことには自分はまずいことになってしまうのではと思った。だから、一旦ゼロから何かを始めてみることで、それを克服したかった。

他にも大小様々な理由があるのだが、大きくはそんな理由で、自分は新しい目標をもって昨年の後半を過ごした。環境も、働き方も大きく変わったのだが、結構あっという間に過ぎてしまったので、まだ何か結果を実感できるというものでもないが、気持ちは非常に落ち着いているというか、自分の頭が回っていくのを少しづつ感じることが出来ているので、とりあえずこれで良かったのだと思う。

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