雑誌「アイデア」:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 05

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前回からの続き。

コンクリートポエトリーの作家たちの作品に、すっかり心を持っていかれてしまった自分は、グラフィックデザイン関連の雑誌を読み漁るようになった。幸いにして、自分が通っていた大学には日本有数の巨大な図書館があり、とくに閉架書庫に行けば数々のデザイン雑誌のバックナンバーなどを容易に閲覧することができた。とりわけ、雑誌「アイデア」は創刊60年以上が経過している老舗の雑誌だが、これも創刊号からすべて揃っていたので、よく図書館に通っては見ていた。創刊号からひたすらページをめくっていって、興味を持ったところを読むということを繰り返して、創刊号からの60年分の全てのページに目を通したと思う。

「アイデア」は、2002年以降に、編集長が室賀清徳という方になってから、明確に雑誌の編集方針に違いが表れてきていて、その時々のトレンドのデザインを紹介するという方向から、過去の巨匠的グラフィックデザイナーの総覧的な特集をよく組むようになった。それはグラフィックデザイン業界に、作品を批評しあう土壌を作りたかったからとのことらしかった。なんでも、グラフィックデザインには、建築や絵画のように、作品を批評しあう土壌が日本に無く、それこそ、主にグラフィックデザインの活躍の場が広告であることから、投じられた広告費の規模や、売れたかどうか、などで善し悪しが語られるくらいで、それ以外の批評する軸を持たないということに、文化的閉塞感を感じていたらしい。。

批評ができないということは、つまりデザイナーが皆、知っているような共通認識が足りないからではないかと考えたらようで、つまり、20世紀にグラフィックデザインという業態が生まれてから、現在に至るまでの歴史や、なぜそのようにデザインが変化してきたかなどを、皆がある程度、理解していれば、そのうえで、これはここが新しい、これはここが他と違う、ということをコメントすることができるのに、誰も何も共通した土壌・前提知識がない状態だと、単に主観的に、面白い、面白くない(と思う)という感想の言い合いに終始してしまうことが、批評の難しさを作っているのではないかと考えたようだ。

だから、積極的に過去の巨匠たちの特集を組み、社会のどのような変化にたいして、デザイナーが対応していったか、技術の発展に対して、デザインがどのように変化したかなどを紹介していくことで、ザックリとした「グラフィックデザインの歴史」をちゃんと理解できるような雑誌にしていったようだ。ザックリと書いてしまったが、特集の密度は毎回すばらしいものがあり、他の雑誌を全く寄せ付けないほどで、自分はこの雑誌から多くを学んだ。特にタイポグラフィという観点で、後世に残る仕事をした巨匠たちが紹介されることが多く、次第に、デザイナーの系譜というか、デザインを見た時にそのルーツが分かってくるようになった。

建築ももちろんそうなのだが、やはりどんな巨匠も、やはり誰かの影響を受けて、その影響を自分なりに発展させて、次の革新をつくっている。いきなり芸術的なひらめきで、何もないところから新しいものを生み出すことは、限りなく難しい。「人の作品をちゃんと見たり研究したりしない人の作品は、残念ながらすべて似ている」と誰かが言っていた記憶があるが、自分で新しいと思っていることでも、実は過去に死ぬ程似たような事例がゴロゴロしていることは多い。

もちろん過去を知っているからと言って、それだけで良いレイアウトができるようになるわけでないし、例外もたくさんあるのだけれど、少なくとも自分にとっては、何かデザインを考えたり、見たりするときの物差しとなった。。

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