OK Computer OKNOTOK

何の脈絡もなく音楽の話をする。先日、Radioheadのアルバム「OK Computer」の発売20周年を記念して、全曲リマスターと未発表音源を追加した記念盤、「OK Computer OKNOTOK」が発売された。いつも音楽を聴いているストリーミング音楽サービスのSpotifyにもその音源が追加されていたので、改めて聴いていて、やはり素晴らしいなと思うのだが、中でも、個人的に一番好きな曲「no surprises」を何度もリピートして聴いた。。。

no surprisesは、曲調もさることながら、歌詞が良く、全体的に「こんなはずじゃなかったのに」という後悔や諦念が穏やかにただよっている雰囲気が、とても好きで、もう10年以上、聴き続けてしまっている。。

such a pretty house, such a pretty garden
no alarms and no surprises, please
(ちいさな家とかわいい庭 おびやかされることも、驚くこともなく暮らしたい…)

歌詞は、大まかには、もう色々とたくさんだから静かに暮らしたい、という内容なのだが、たぶんそれは文字通りの意味ではなく、どうしてこうなってしまったのだろう、でもこうなるしかなかった、という喪失感に満ちていて、自分は、その、言っていることと思っていることが引き裂かれている感じが好きでたまらなかった。

 

 

そういうギャップのある曲では、たとえばLou Reedの「Perfect Day」なんかも好きだった。完璧な日、というタイトルにふさわしく、歌詞が、恋人と公園でサングリアを飲んだり、動物園に行ったり、旅行に行ったり、君と過ごせてうれしい、君のおかげでやっていける、、みたいなことを言っているのだが、曲調が明らかに悲壮感にあふれており、それらの楽しいことが、すでに終わったものなのだろうことが暗に感じられるギャップがすごく良いと思った。

Just a perfect day
You made me forget myself
I thought I was
Someone else, someone good
(完璧な日 君は僕自身を忘れさせてくれた 僕が他の誰か、他のもっとまともな人間だったら良かった)

さらに、曲単体ではないが、MOGWAIの「Happy songs for happy people」というアルバムも好きだった。アルバムタイトルは、ハッピーな人たちのためのハッピーな曲、と謳っているのに、どう考えてもアルバムの曲の雰囲気は幸福感というより空虚感に満ちており、曲タイトルも、「Hunted by a freak(気狂いに狩られた)」「Boring machines disturbs sleep(退屈な機械が眠りを邪魔する)」「Stop coming to my house(オレの家に来るな)」など、ハッピー感は一切、ない。それでも収録曲は、時折すごくきれいなメロディがあって、空虚さの中に、それでも何かしらの幸せを感じられる。

こういう、言っていることと、本意が違う気がするような表現にはいつも惹かれる。今回リマスターされた、OK Computerも、OKNOTOKというサブタイトルのようなものが付いていて、最初コレなんだろうと思ったのだが、OK NOT OKと切ることができるのが分かり、自分としてはとても腑に落ちた気がした。OKはOKじゃない、、そのとおりだと、思った。

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