朗文堂・新宿私塾03:タイポグラフィに興味を持ったきっかけ 08

futura

朗文堂代表の片塩二朗さんについて

当時の自分のような初学者にとって、朗文堂のこの新宿私塾は、とても助けになった。

ちなみに朗文堂の代表・片塩二朗さんというかたは、学者としても各所で論文を発表しているかたなのだが、文字への愛情が強すぎるあまり、歴史を曲解し、ほうぼうで「歴史的に根拠のない記述」をしているということで、書体デザイナーの小林章氏などをはじめ、多くのかたがたから厳しい怒りの指摘をうけている…。

とくに悪名高いのが、「Futura」という1927年にドイツでデザインされた書体について、「ナチスがプロパガンダ広告などで多用していた書体であることから、ナチスのイメージがついていてドイツ圏では嫌われている」という風説を流布させたという話で、これは既に様々な人によって誤りが検証されているのだが、実際にはそのような事実はなく、実際にはナチスのポスターはこんな感じで、Futuraが使用されている形跡は見当たらないし、むしろドイツの伝統的なブラック・レターが使われているものが多い。

この話は、Futuraをデザインしたパウル・レンナーという人が反ナチス運動家だったことと併せて、「ナチスに反対していたのに、自分の作った書体がナチスに使われてしまって、ずっと苦しい思いをしていた」というストーリーとして、自分も聞かされていたので、そういうこともあるのかと思っていたが、のちに違うと分かった。(片塩氏は、こういう宗教や人種問題と、文字を合わせてスト―リーを語るのが好き)

いろいろな歴史観への期待

朗文堂に何度か授業に通ううちに、何となく感じたのは、片塩氏は文字業界のアカデミックな議論の土台作りのために、ある意味、確信犯的にこのようなことをやっているということ。まわりのスタッフや、関係者などもそれを分かったうえで、とはいえ片塩氏の知識や経験は膨大なものがあるので、真偽は定かでないけど、もろもろの研究の種をもらい、それぞれの研究の糧としていること。

確かに建築家なども、ときどき、歴史を独自すぎる視点で解釈したエッセイとも論文ともつかない不思議な文章をよく書いているし、日本史などの歴史学でも、「邪馬台国が実は存在しない!」といった、歴史の空白を妄想で埋め尽くして、トンデモ史実を作り上げるようなことは良く行われている。それは、歴史をそれぞれが多様な解釈で編集しなおしていくという、一種の遊びというか思考実験のようなものだろうと思っているが、そういう玉石混合状態の中から、面白い考えがあぶり出されていく…といった考えを、片塩氏は何となく、もっているような気がした。(これも、授業を受けていた者としてのただの推測だが…)

活字に憑かれた男

関係者の人たちが、たびたび、「片塩さんはちょっと文字視点で語り過ぎているので、違うところもあるんですが…」みたいなことを、本人の前で言っているところも何度か見たし、それを微笑みながら聞いている片塩氏の姿も見たので、周りの人も、それを半信半疑、でも興味深い事柄として、受け止めているのだなと思った。

批判されているのは、その解釈が行き過ぎるあまり、事実でないことを、事実であるかのように論文に書いてしまっていることで、特にアカデミックな土壌のあまりなかった文字業界では、反論できる人もあまりいなかったので、その間違った意見が絶対的なものになってしまっていたことだと思う。

確かに捏造されていたことがあるのは事実だし、それは学者としてはやるべきことでない。でもそれを聞いた人が様々なアクションを起こし、それに反論し、誤りが正され、また新しい議論を作っていく、そういうやり取りは、広がりを感じるもので面白いと、自分は思った…。批判されていることは、確かに間違っていることだったのだが、文字を学ぶ面白さを自分に教えてくれたのは、まさにこの片塩氏であって、それはとてもかけがえのないものになっている。感謝しているし、尊敬もしている。もう何年も、会う機会はないのだが…

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